オランダ国民が絶賛した美智子皇后陛下が抱きしめた少女へのお気遣いに感動

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日本とオランダは、17世紀ごろから親しい交際を重ねてきました。

江戸時代から明治にかけて鎖国をした際にも、オランダとだけは関係がありました。
日本は、ヨーロッパの学問や技術をオランダから受け取っていたようです。

医療の方でも、杉田玄白・前野良沢らがオランダの『ターヘル・アナトミア』を日本語に訳した『解体新書』を発表しました。

そんな良好であった両者の関係は第二次世界大戦により、崩れ去ってしまいます・・。

十数万のオランダ人を収容所へ・・

オランダは長らくインドネシアを植民地として統治していましたが、1941年頃日本が資源目的で侵攻していきます。
この時、日本軍はオランダ人を捕虜とし、食事もろくに与えず強制労働させました。

これにより、多くのオランダ人は亡くなってしまいます。

1945年には日本の戦争も終結し、対日戦争参加諸国とサンフランシスコ条約を結びます。
この時、オランダは日本に対する賠償請求権を放棄します。

しかし、オランダは1956年に結んだ「オランダとの私的請求権解決に関する議定書」により、日本から30億円以上の補償を受けます。

それでも、反日感情は消えることなく、1971年に昭和天皇がオランダを訪問された際には、車に卵や魔法瓶を投げつけられる事態が発生しました・・。

2000年5月23日、現天皇・皇后両陛下もオランダへと訪問されました。
オランダのメディアもこれに際して、過去の戦争の話題を大きく取り上げます・・。

「正常に日程内容が行なわれるのか」そんな心配の声も挙がっていました。

オランダを訪問なされた両陛下は戦没者記念碑の前で、長く頭を下げられました。
その黙祷は1分間に渡り、決して形だけではないことを示していらっしゃるようでした。

これを見たオランダのベアトリクス女王は目に涙を浮かべていたのだとか・・。

天皇・皇后両陛下の様子はメディアを通じて、オランダ全土に報道されます。
なんと、このご供花以降、戦争に関する報道などがピタッと治まります。

天皇・皇后両陛下の式典での様子

その翌日、両陛下はアムステルダムの「ミチルスクール」をお訪ねになられます。
ここは、脳障害・交通障害などを抱える児童生徒200人強が在籍する養護学校です。

両陛下が施設に到着された時、ミチルスクールの児童たちは中庭で絵を描いていたそうです。

その時、皇后陛下が机に伏せたままの姿で動かない女の子にお気づきになります。
その頭にはおもちゃの王冠が載せられていました。

その女の子は、王冠を被り両陛下を「お迎えしよう」とはりきっていたのですが、ご到着される前に疲れて眠ってしまったといいます。

皇后陛下は「起こしてしまうのもかわいそう」だと、女の子をそっとしておかれたのだそう。
その後、女の子は目を覚まし、お出迎えが終わったと知るとショックで泣き出してしまいます。

そして女の子は気持ちを抑えきれず、皇后陛下の元へと走っていきます。
それに気づいた皇后陛下は、女の子をお抱きしめになられます。
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出典:https://www.youtube.com

その瞬間を撮った上記の写真は、オランダ中で大きな反響を呼びました。

両陛下のご訪問前はどちらかというと批判めいた報道が多かったのですが、気づけば歓迎ムードに変わっていたといいます。

まさに天皇・皇后両陛下のお人柄が、国を超えて伝わったとしか言いようがありません。

どんな人に対しても真摯にお接しになる皇・皇后両陛下。

私たち日本人の鑑となる存在なのではないでしょうか・・。
「人の気持ちを知り清く生きる」これ以上ないほど大切なことを教わっているようです。

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